このブログは、平成19年6月から平成22年3月までの間、愛媛県の南予地域活性化策の一つとして、宇和島市が住民のみなさんと取り組んだ「うわじま虹色ツーリズムプロジェクト」の軌跡と、当時の担当職員の日々の記録であり、平成22年3月末日を持って、新しい記事が更新されることはありません。
平成22年4月、「うわじま虹色ツーリズムプロジェクト」は、「うわじま虹色ツーリズム」として、会員である市民のみなさんが、独立運営を行っており、そちらの記録は「うわじま虹色ツーリズムです!」ブログをご覧ください。

2008年2月20日水曜日

あの日を忘れない

まだ頑張ってまーす(小林さんも頑張ってまーす)

ちょっと個人通信。山下さん、明日の公民館には、Jに行かせますのでよろしくです~。

というわけで、小休止にブログ更新♪
本日の記事は虹色ツーリズムとは関係なく、とても私的な内容なので、読み飛ばしてください。

今朝の朝礼当番は、ひげ係長だったのですが、イージス艦の事故の件から、どうしても「えひめ丸」のことを思ってしまい、心が痛くなるとお話されていました(その後で、かけがえのない出会いにつながったといういいお話だったのですが)。

自分も全く同感です。

7年前のあの日、自分は3連休を利用して、旅行に行くつもりでいました。
でかけにテレビをつけると、どのチャンネルでも「宇和島水産高等学校」という名前と、荒波が映し出されていて、ぞっとしたのを、いまだにはっきりと覚えています。

何かしなければならないことがあるかもしれないと出勤し、同じように出ていた方々と、まんじりともできずにテレビを見つめていたものです。

あれから7年。
ずっと留守番部隊だった自分も、昨年の七回忌には、お休みをいただき、ハワイの慰霊碑に行きました。
この世のものとは思えないほど美しい場所にそれはありました。


今回の事故で、「えひめ丸」のことを思い、心をいためている市民の皆さんもたくさんいるのではないでしょうか。
あの日を思い、海の安全を思いながら、行方不明者の親子さんのご無事を祈りたいと思います。